大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)88号 判決 1972年11月16日

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社中田八十右衛門商店

右代表者代表取締役 中田八十右衛門

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 田中登

同 二宮充子

同 大内猛彦

右訴訟復代理人弁護士 小野圀子

同 小池健治

同 成見幸子

被控訴人(附帯控訴人) 岡田たつ

<ほか四名>

右被控訴人(附帯控訴人)ら訴訟代理人弁護士 新津章臣

同 新津貞子

主文

一、原判決中被控訴人(附帯控訴人)岡田たつに関する部分を次のとおりに変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは各自被控訴人(附帯控訴人)岡田たつに対し金一五六万四六一三円およびこれに対する昭和四四年八月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)岡田たつのその余の請求を棄却する。

二、控訴人(附帯被控訴人)らの被控訴人(附帯控訴人)岡田たつを除くその余の被控訴人(附帯控訴人)らに対する本件控訴を棄却する。

三、本件各附帯控訴を棄却する。

四、訴訟費用中、第一審の訴訟費用は、これを三分しその二を被控訴人(附帯控訴人)らの、その一を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とし、控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)(以下単に控訴人と表示する)ら代理人は、控訴につき「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人)(以下単に被控訴人と表示する)らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴につき控訴棄却の判決を求め、附帯控訴につき「原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。控訴人らは各自(1)被控訴人岡田たつに対し金二五五万〇八六五円および内金二一七万五八六五円に対する昭和四四年八月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、(2)被控訴人岡田千秋に対し、金一三一万七八二九円および内金一一四万〇八二九円に対する昭和四四年八月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、(3)被控訴人岡田真理子、同岡田豊、同細田益美に対しそれぞれ金一〇八万五八二九円および内金九四万〇八二九円に対する昭和四四年八月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

一、亡三次の収入は、一ヶ月七万円ないし八万四〇〇〇円とみるのが妥当である。即ち、同人は妻である被控訴人岡田たつと共に鍼灸マッサージ等の施術を行なっていたものであるが、亡三次は鍼灸を主体とし、妻はマッサージを主にしていたものである。そして、右両名の収入はほぼ同額であったとみられ、当時の料金は、一般に鍼灸、マッサージ共に各一時間五〇〇円位であり、平均して一日五、六人に施術するのが通常とされていた。従って亡三次の場合も一日当りの平均収入は二五〇〇円ないし三〇〇〇円とみるべきであり、一ヶ月(公休二日として二八日と計算する)の収入は七万円ないし八万四〇〇〇円である。

かりに亡三次の一ヶ月の収入が被控訴人ら主張のとおり一一万二二六四円(年間一三四万七一六八円)であるとしても、逸失利益の算定については、所得税(年額一四万三三〇〇円)、事業税(年額三万二三〇〇円)、住民税(年額六万三一六〇円)を控除すべきである。

二、過失相殺について、

本件加害車の前には一台の先行車があり、加害車はこれに続いて亡三次の自転車の前面を通過しようとしたものである。運転者(五月女)とすれば、前車が安全に停車中の自転車の前面を通過しており、自転車の搭乗者(三次)が自車の方に顔を向けてこちらを見るような様子であったから、当然同人が先行車に続いて自車の存在を認識し、自車の通過をまってくれるものと信ずるのは自然である。従って、本件加害車の運転者である控訴人五月女の過失が、亡三次のそれに比して重いとはいえない。

(被控訴人ら代理人の陳述)

一、控訴人らの右主張はすべて争う。

二、税金の控除について、

各種税金は、所得税法三四条一項、九条二一号の規定の趣旨からして控除すべきでない。

三、過失相殺について、

控訴人五月女は亡三次が先行車に続いて自車の存在を認識し、自車の通過をまってくれるものと信じるのはやむを得ないから、同人の過失は亡三次の過失に比して重くはないと主張するが、原審における控訴人五月女の供述によると、同人は「亡三次が自転車に跨り前輪が道路中央センターラインにかかる位置で立っていた際次の瞬間どのような行動に出るのかちょっと迷った」というのである。かかる場合、運転者としては、当然減速徐行して何時なりと停車できる用意をすべきである。しかるに、同控訴人は徐行もせず、警笛もならさず、漫然時速四〇キロメートルで運転しているのであるから、その過失は重大である。

四、被控訴人らの主張

(一)  亡三次は本件事故当時眼鏡をかけていたものである。

(二)  過失の割合につき、本件のように横断歩道外で横断歩道または歩道橋のない場所で横断者と走行車間に生じた事故における過失の割合は歩行者20、車輛80とみるのが通常であり、加うるに控訴人五月女は車のスリップしやすい状況で制限速度四〇粁を超える時速五〇粁で走行していたのであるから、その過失は加重される。しかも、同控訴人が亡三次を発見した地点は同人から二五、六メートル離れた地点であり、制動し徐行して事故をさけうる距離があった。従って制動、徐行を怠った点においても、同控訴人の過失は大きい。

(三)  弁護士報酬に関する原審の認定は低きにすぎる。弁護士会所定の規定どおりの額を認めるべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、控訴人五月女が昭和四三年九月八日午前七時三〇分ころ、普通乗用自動車(以下加害車と表示する)を運転し、埼玉県鴻巣市本町三丁目九番二八号附近の県道(大宮桶川鴻巣線)を吹上方面から大宮方面に向い進行していた際、岡田三次が足踏式二輪自転車で右道路を右方から左方に横断し、加害車と三次とが衝突し、このため、三次が同月一九日山崎病院で死亡したことは、当事者間に争いがない。

二、本件事故発生の状況についての当裁判所の認定は、亡三次が事故当時眼鏡を掛けていなかったとの点を除いて、原審の判断と同一であるから、原判決一〇枚目表二行より同裏七行から八行へかけて「推定される」とある部分までの記載をここに引用する。

被控訴人らは本件事故発生の道路部分は最高時速四〇キロの制限があったのに、控訴人五月女は事故直前までこの制限を超える時速五〇キロで走行したと主張するが、≪証拠省略≫によると、右道路部分は速度制限五〇キロの指定がなされていたことが認められるので、被控訴人らの右主張は採用しえない。

三、≪証拠省略≫によれば、亡三次は就寝時以外は常に眼鏡を掛けていたことを認めることができ、この事実よりすれば、同人は本件事故時においても眼鏡を掛けていたと推定することができる。≪証拠省略≫中右推定に反する部分は、≪証拠省略≫にてらし措信しがたく、他に右推定を覆えすに足りる証拠はない。尤も、≪証拠省略≫によれば、三次は眼鏡を掛けてもその視力は極めて弱く、道路で知人と会っても顔は分らない状態であり、また新聞を読んだり文字を書いたりする場合には、殆んど紙面に目をつけるようにしなければできない程度であることを認めることができる。してみれば、このような弱視者が一人で自転車に乗って外出すること自体がもともと極めて危険な行動であるといわなければならず、この弱視が原因の一つとなって生じたと考えられる本件事故については、三次にもそれなりの過失を認むべきである。すなわち、右認定事実および弁論の全趣旨よりすれば、控訴人五月女は県道を右から左に横断しようとした三次を発見したのであるから、三次の動静を注視し、制動をかけつつ徐行し、衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、三次がセンターライン上で停止し、加害車の通過するのを待ってくれるものと軽信して、やや減速したのみで、徐行せず進行した点に過失があるが、他方、三次も道路横断の際の左右の安全確認の義務を怠ったばかりでなく、左方から接近してくる自動車を弱視のため発見することができなかったか、或いは発見したとしてもその距離の目測を誤まり横断を開始したものと見られるのであってこの点において三次にも過失の責任が問われなければならない。そして、以上事故の態様からいって、その過失の割合は、控訴人五月女を七とし、三次を三とするのが相当である。

四、控訴会社が加害車を所有し、本件事故時において、従業員である控訴人五月女に加害車を運転させ、控訴会社のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

五、以上の事実によれば、控訴人らは三次の死亡によって生じた損害を賠償する責任がある。

六、本件事故によって亡三次および被控訴人らが蒙った損害についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正した原審のそれと同一であるから、右訂正にかかる原判決一一枚目裏一行から一五枚目表七行までの記載をここに引用する。

(一)  原判決一一枚目裏末行に「以上であったこと」とある次に「(≪証拠省略≫によれば、三次の死亡の前月を含む過去一ヶ年の同人の収入の平均月額は一四万三二〇五円であり、これと≪証拠省略≫によって認められる三次の過去数年の収入月額の増減の推移を勘案すれば三次の純収益は、その死亡当時には、少なくとも被控訴人ら主張の一ヶ月平均一一万二二六四円以上はあったものということができる)」を挿入し、同一二枚目表七行と八行の間に次の記載を加入する。

「控訴人らは、亡三次は生前妻たつと共同して鍼灸マッサージ業を営んでいたのであって、三次自身の月収はせいぜい七万円ないし八万余円にすぎなかったと主張し、≪証拠省略≫によると、引用の原判決一一枚目裏七行ないし九行に記載のとおり、三次の妻たつもマッサージの免許をもってその営業をしていた事実が認められるが、≪証拠省略≫によるとたつの収益は三次のそれに比して格段に低く、月額せいぜい一万円位であること、しかも、三次の収益額の認定に用いた原判決一一枚目裏四、五行掲記の≪証拠省略≫記載の毎月の収入額の中にはたつの収入額は含まれていないことが認められ、≪証拠省略≫によれば、前記のとおり、昭和四二年九月より昭和四三年八月までの三次の収益の平均月額は一四万余円となるのであって、以上の認定を左右するに足る証拠はないので、控訴人らの右主張は採用しえない。」

(二)  原判決一三枚目表三行に「会費」とあるのを「食費」と訂正する。

(三)  原判決一三枚目表九行の「甲第五号証の三ないし」とあるのを「甲第五号証の一ないし」と訂正する。

(四)  原判決一三枚目裏一行に「葬儀費用二五万円」とあるのを「葬儀費用二三万五三三五円」と、同三行に「甲第六号証の一ないし二二」とあるのを「甲第六号証の二ないし二二」と、同四行に「二五万円」とあるのを「二三万五三三五円」とそれぞれ訂正し、同五行から六行にかけて、「的確な証拠はない。」とある次に「なお、≪証拠省略≫に記載の支出は、その記載内容からみて、付添人の食事代金と認められるので、右の出費は葬式費用の中に算入すべきではない。」を挿入する。

(五)  原判決一三枚目裏七行から八行へかけて、「八三八、三九八円」とあるのを「八二三、七三三円」と、「五八六、八七八円」とあるのを「五七六、六一三円」とそれぞれ訂正する。

七、控訴人らは亡三次の逸失利益の算出について、同人に課せられる所得税、事業税、住民税などの額を控除すべきであると主張するが、逸失利益の賠償として得べき金員は、所得税法三四条一項にいわゆる一時所得に当るところ、これは同法九条一項二一号によって非課税所得とされているから、右損害額の算定の際所得税(これを前提とする地方税も含む)を控除するときは、右規定の趣旨を没却することとなるばかりでなく、加害者を不当に利得させる結果となるから、右の所得税法等の控除はすべきではない。控訴人らの右主張は採用できない。

八、以上によれば控訴人らは各自

1、被控訴人たつに対し損害賠償金合計三〇六万四六一三円から一五〇万円を控除した一五六万四六一三円およびこれに対する不法行為日以後である昭和四四年八月二八日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

2、被控訴人千秋に対し損害賠償金合計一四六万九〇〇〇円から五〇万円を控除した九六万九〇〇〇円およびこのうち未払の弁護士費用三万円を除いた九三万九〇〇〇円に対する前同日から支払済に至るまで前同割合による遅延損害金

3、被控訴人真理子、同豊、同益美に対し、それぞれ損害賠償金合計一三四万九〇〇〇円から五〇万円を控除した八四万九〇〇〇円およびこのうち未払の弁護士費用三万円を除いた八一万九〇〇〇円に対する前同日から支払済に至るまで前同割合による遅延損害金

を支払う義務がある。よって被控訴人らの本訴請求は右の限度で認容し、その余を棄却すべきところ、被控訴人たつを除くその余の被控訴人らの請求に関しては、これと同旨の原判決は相当であって本件各控訴および各附帯控訴は理由がないが、被控訴人たつの請求に関しては、原判決は右限度をこえて認容しているので、その取消を求める本件控訴は右の限度で理由があり、附帯控訴は理由がない。よって原判決中たつの請求に関する部分を右の趣旨において変更し、その余の請求に関する部分の控訴ならびにすべての附帯控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を各適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 長利正己 小木曽競)

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